ポリオとともに生きる

ポリオ罹患者が抱える不安と孤独感はポリオ撲滅後も続く。「ポリオの会」代表の小山さんは「今の私たちの情報を50年後の人びとに伝える」ことが大切だと訴えます。

1歳でポリオに罹患し、40代でポリオ後症候群を発症
野生株ポリオに1歳9か月頃罹患した私は、もう70年近くポリオと<ともに>生きています。人生最初の記憶は、脊髄穿刺の痛みに耐えていたこと。やがて、ポリオによる障害を隠して生きていけると思えるほどに、麻痺は回復しました。
しかし、40代、仕事に打ち込んでいた時、よいはずの部位に激しい痛みや新たな筋萎縮といった症状が出てきました。当時は、ポリオ後遅発性進行性筋萎縮症という病名でしたが、現在はポリオ後症候群、ポストポリオという病名が一般的です。ポリオ発症から十数年~数十年して新たに症状が現れるのです。発症時、どこまで悪化するのか、治療の方法はと、先の見えない孤独感、不安、症状悪化に打ちのめされて、電車ホームに立っていると思わず飛び込もうとする自分が恐ろしかったのです。「先生、私は松葉づえですか、車いすですか」と問いかけ、ドクターショッピングをし、左足だけと思っていた症状が右足にも両手にも出てきて、耐えがたい思いでした。


分かりあえる仲間との巡りあい
その時に、2歳の私と同じ病室にいた子を思い出し、あの子は今、大丈夫だろうか、私と同じようにポリオ後症候群に苦しんでいるのではないだろうか、とその子に呼びかける思いで同じ症状に悩む人に呼びかけました。新聞の投書欄に掲載されたのは、私が検査入院中の1995年12月です。
そして今、多くの仲間に巡り合い、自分の状況を見つめる余裕が出てきました。治療法はなくとも、悪化を遅らせる方法を探り、病を知ることで向き合っていけると思うようになりました。
私は団塊の世代で、絶対数が多い世代です。ですから同世代にポリオとポリオ後症候群に向き合っている人は多いのです。患者会で巡り合った仲間と、親兄弟にも解ってもらえないこと、言う気にもなれないことを、説明をせずに解りあい、受け止められることはとても救われることです。


日本で忘れられたポリオ
私をポリオにした野生株ポリオウイルスは、日本では1980年以降存在していません。おそらくもっと以前に根絶は実現していたのでしょう。1961年の緊急輸入生ワクチン一斉投与で日本のポリオ流行は劇的に終息しました。ポリオの抑え込みに成功した大変すばらしい例です。
それ以後は生ワクチン由来の患者が散発的に発生する状況で、日本でポリオはすっかり忘れられました。もうなくなった病、終わった病になってしまいました。生ワクチン由来のポリオ患者は、そのために、ポリオときちんと診断されず、別の疾患とされたり不明疾患とされたりして、適切な医療が受けられない場合が多いのです。身体障害者手帳に、ポリオは小児麻痺=小児麻痺は脳性麻痺と、脳性麻痺と記載された例も多くあります。別の疾患ですから装具も対応も違います。ですから、<根絶後>のポリオ患者は本当に孤独に戦っていかなければいけないのです。
「僕が最後のポリオ患者のはずだったのに、君はポリオになった。……僕が最後のポリオ患者であるべきだった。それなのに君をポリオにしてしまった。……ごめんなさい。」生ワクチンでポリオになった30代の青年が、幼い生ワクチン由来のポリオの子を抱きしめ泣きながら、力が足りなかったと謝りました。彼より前にポリオになった私たちは一層強く責めを負って、幼い子に謝ります。力が足りなかったこと、安全なワクチンへの切替を訴える力が弱かったために不活化ワクチン切替が遅れて、あなたをポリオにさせてしまったことを。2002年に日本で切替が検討された時、その時に実現できていれば、今15歳以下の子供は大丈夫だったのですから。


ポリオ根絶とその先
あともう一歩で、ポリオ野生型ウイルスは根絶されます。ポリオ根絶という言葉で胸が躍ります。ポリオ根絶の文字は喜びの思いを掻き立てます。
しかし、それで「ポリオが終わる」かといえば、そうではありません。
この子供たちもそうですし、今現在、2017年のいまポリオを発症してしまった世界の子どもたちは、野生株であろうと生ワクチン由来であろうと、これからずっとポリオとともに障害とともに生き続けます。彼らが生きる限り、私たちポリオ罹患者が生きている限り、ポリオ・ポリオ後症候群患者への医療・福祉・装具を必要としています。根絶の先の根絶まで、ポリオ根絶のための活動が必要とされているのです。今の私たちの情報を50年後の人々に伝えることで、医療や装具などの役に立てるのだと思っています。
障害者差別は多くの国に存在します。日本でもまだあります。きちんと情報を伝えることは、差別の解消にもつながっていくでしょう。


【著者紹介】
小山万里子 こやま・まりこ
1949年生まれ 1歳9か月でポリオ発症。40代でポリオ後症候群(Post-Polio Syndrome PPS)発症。それをきっかけにポリオとポリオ後症候群の医療と病気への理解、病気の情報などを求め、1995 年に「ポリオの会」を設立、責任者となる。ポリオの会は、ポリオ体験者への情報提供と交流、 医療や福祉問題の他に、患者の医療貢献で模擬患者活動などを行なっている。ポリオ不活化ワクチン切替で署名活動を行ない、リハビリ日数制限反対でも活動している。

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ハミド・ジャファリ(WHO東地中海地域ポリオ担当ディレクター) | 3月. 25, 2024